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我如古地下放送局

沖縄は安里のG-shelter でスタッフやってます。平日リーマン。毎日我如古。

60人の公開搬入インスタレーション"うるさい"参加作品

いつでもこんばんはハイナです。

 

先日高円寺はPockeで行われた展示会”うるさい”に参加しました。

http://urusai.club/

"うるさい"は、高円寺のPockeという6畳の展示会場に60人のアーティストが”うるさい”作品を展示するというもので、初日に公開搬入や作品の演奏orsomethinglikethatなパーティーが行われ、その後それらの作品やパーティー残骸が一週間放置されるといった企画です。(全容がわからないけど、この展示会の告知記事はコチラ)

 

主宰の一人もしもしさんに誘ってもらって当日会場入りしてからなにやるか決めようと思っていたのですが、東京入り出来なかったので搬入開始前に予想とねつ造を駆使してパーティーレポートを書いて会場で配布しました。

 

もし、会場に行かれた方はその場所の様子との差異をお楽しみいただき、行っていない方はこのレポートの内容から当日の様子を追体験いただければと思います。

 

以下、やってないパーティーの体験者によるリアルな記録です。

 

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うるさい” 最速レポート

 

       1/10に東京高円寺Pockeで開催された「うるさい」では、わずか6畳のスペースに60人のうるさいことをする人が集まり、作品が公開で搬入あるいは演奏そしてパフォーマンスされた。私が体験した範囲で(なにせ60人も作家がいるのですべてを把握することができない)搬入日の様子をレポートする。

 

まず、当日の搬入開始時間前に誰よりも先に会場に到着しハシゴのような階段を上がると、すでに会場には運輸会社の配達表が貼られっぱなしの小包がいくつかとおおきな段ボールが4つ、そしてペイントされた石やデコ木工な品々が一箇所にまとめて置いてあった。6畳の狭い会場を見渡しながらこれからどんな”うるさい”ことがされるのかについて考えていると耳に障るような微かな音が聞こえてきた。音の正体が分かりづらいほどの小さな音でしゃわしゃわと鳴っている音を探ってみると、どうやら会場の窓際から聞こえてくるようだった。窓をあけ、人が一人ギリギリ座れるくらいの出窓スペースを探してみるがそれらしきものは見つからない。

窓をあけてきょろきょろしていると、滑車ごしに向かいの建物の2階の窓が開いていることに気がついた。その窓の向こう側ではジンギスカンのメインボーカルの格好をした男性が、スピーカーを入れたローソンのビニール袋をぶんぶん振り回しながら集音マイクでその音を拾っていた。謎のシャワシャワした音はその男から発せられていたのであった。(後から聞いた話によると、彼は”うるさい”に参加している『エスペラントノイズ』氏で、誰よりも早く搬入するために昼頃からセッティングをしていたとのこと。)

そして、そのノイズを薄ら聞きながらもぼちぼちと参加作家が集まり始め小包の封が解かれ作品が持ち込まれケーブルが配線されていった。18時開始される公開搬入前に準備が整いきるわけはなく、参加作家が全員集合する訳もなく”うるさい”展の公開搬入が一般向けのオープンされる時間となり、搬入パフォーマンスが開始された。

 

スタートしてからの公開搬入はまさに怒濤のような”うるさい”音や”うるさい”イメージに満ち満ちていた。中でも印象的だったものをいくつか紹介したい。音について印象的だったものを挙げると、前述した『エスペラントノイズ』が会場の向かいの建物で演奏を行っているというルール(あるのか?) 破りでショックを受けたが、手品ユニット『液体窒素呑ノ介呑五郎』による反転サウンドイリュージョンも衝撃的であった。参加者の声をその場で反転させる逆位相の声マネで発話者の声を打ち消すという消音芸で観客の喝采を浴び喝采も打ち消していた。『谷保石造り連盟』が高円寺の街で盗聴収集した会話のみでサウンドコラージュした演奏も、邪な好奇心を炙り出しざわざわとした作品だった。他にも会話をモチーフにした作品だと『嘉手苅志郎』の音声認識におけるズレを反復させる作品は、その”うるさい”環境でのストレスを純度の高い結晶に生成し、タイポミスと聞き間違いを癒着させるうるさい作品であった。そして何よりも観客の関心と心配を集めていた『田田田田(B.B.G)』の下剤アンプリファイヤーでの腸内サウンドは大腸ピックアップで増幅された消化音よりも、腹を下した本人の発する絶叫や悲痛なうめき声の方がうるさく感じ、観客の気分を害し続けたという点においても、最も危険で不穏なうるささを体現できていたように思う。

 

また、音に限らず立体物や映像やパフォーマンスでもなかなか"うるさい"体験でも印象に残るものは多かった。

人間魚拓をおこなった『湯浅ちひろ』は、雑誌や映像で表象される女性の身体の視覚的なイメージではなく、抱擁(やセックス)あるいは授乳などで触って知覚する身体を転写するパフォーマンスを行い、肉体のボリュームを"うるさい”までに引き出していたし。母をモチーフにした『オレンジヶ谷』の天井からつり下げたN901iSの背面ディスプレイに「母」と表示され続ける作品の無邪気さには安堵を覚えた。

 

以上、紹介できたのは一部ではあるが、上記のような音やイメージや身体を持って入れ替わり立ち替わりで合計60名の作家がそれぞれの”うるさい”を搬入し、それぞれの作品の”うるささ”がいくつにも折り重なって空間と時間を満たしていた。

 

 

 

人間魚拓を撮っている最中の腰アタリで下剤を飲んだ男が苦しむ頭上の携帯では母からの着信があるが聞こえる音は幾重にもエフェクトを掛けられたAMラジオの音源のビートに合わせた極々個人的な心境を語るラッパーが目にしていたのは120サイズの段ボールの中に閉じ込められたぬいぐるみが工場で吹き込まれた台詞を誤認識してMacのテキストにズレが生じた分だけブラウン管の走査線が揺れる。

 

まるで世界のような状態になっている。

 

 

 

こうして搬入時間の間中、6畳ほどのスペースは音や作品から発せられるうるささは同一空間で作品同士が混ざらないままの曼荼羅となっていたが、はたして11日以降の展示でこのサイケデリックスがどれほどの威力をもっているかにも着目したい。

また、これから展示期間に足を運ぶ際には押し迫ってくる”うるさい”作品だけでなく、会場の隅々にちりばめられた”うるさい”作品の断片にも目をやってほしい。当日の喧噪が鳴り止んだことで作品の数々に埋もれていた”うるさい”に気がつくこともあるかもしれない。

 

”うるさい”は重層的なのである。

 

 

 

Report by 817.2015/01/10 16:30

 

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