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我如古地下放送局

沖縄は安里のG-shelter でスタッフやってます。平日リーマン。毎日我如古。

【テキスト再発】レム睡眠 2006/11/15

いつでもこんばんわ、ハイナです。

 

mixi蜜月の時代に書いた日記や過去ブログの記事をたまーにこちらでサルベージします。
以前にmixiやブログで自分で書いたテキストを再掲載するときは【再発】ってつけます。

前回のエントリーのホラ編集は今回の再発エントリーの時に思いついた嘘描写mixで、追体験を振り切りたいがための手法だと思ってます。

 

🔽それでは、八年前のタイに住んでいたときのエントリーです🔽

 

レム睡眠 −2006年11月15日− mixi

タイ人の友人とぷらぷら近所にいたら、たまたま日本人の友人に出くわしたので、かるーく二人を紹介しあって、三分くらいタイ語で会話をしてバイバイしました。
 そして、またぷらぷらを再開しようと友人を見やると、彼の瞳孔がハートマークになっていて、顔面のすべての筋肉が弛緩していたので、僕はとってもあわててすぐに彼をタクシーに押し込み、一番近い総合病院に連れてゆきました。
 「救急患者です!一刻でも早い処置をお願いします!」
 というタイ語が判らないので、整理番号をもらって普通に列に並びました。 その間も彼は、先ほどの日本人の名前をつぶやき続けながら、前世と未 来の彼岸をさまよい続けているようでした。このまま彼を放っておいたら、内面宇宙から浮上することが非常に難しくなりそうな病状であることは、素人の僕に でも予想がつきます。しかし、長蛇の列はじりじりとしか進まず(バンコク名物の大渋滞)、僕は7165番の番号札を握り締めるばかりです。

 それからどれだけ時間が経ったのでしょうか、やがて彼は処置室に通され、なんて書いてあるかわからないタイ語の赤いランプが入り口ドアの上に灯 りました。 このような状況で僕がどうしたら良いのかわかりませんので、ベンチに浅く腰掛け、頭をがっくり落として傍から見ると祈っているようなポーズを とっていました。本当は「タイの看護婦の服ってデザインが良くないな」って考えていました。

 意外なくらいすぐに短い機械音が「ポゥン」となって、ふと見上げると、赤いランプは消灯しており医者らしき男性がマスクをとりながら僕に話しかけてきました。


医者:彼の付き添いかね?

僕:チャイカップ(そうです)

医者:非常に言い難いのだけれど、残念ながら、処置が遅すぎて彼は・・・

僕:アライナ?(なんですか)

医者:え、えっと、だから。彼は処置が遅れたせいで、デレデレ病は治らないいんだよ。

僕:チュアイプートチャチャー(ゆっくり喋ってください)
 
医者:んー、何?君なんなの?とにかく、安静にしてりゃー命に別状はないと思うから、適当な薬処方しておくから。駄目だったら残念だね。


 とかいうやり取りだったと思います。その後薬局で、嗅ぎタバコとビタミン飴とオロナインとレモングラスの種を処方してもらった後、(飴だけパクって)診断書とともに彼のバックに詰め込みました。

 そして、相変わらず前後不覚の彼を引きずって地下鉄に乗り込み、スラム街のはずれにある彼の家に向かいました。デレデレ病が発症している彼はなにやらつぶやき続けています。

 「遠い昔、俺は漁師だったんだ。ハイナも同じ船で働いていた。そしてあの彼女は毎日家で俺たちを待っていたんだ。大きい魚が獲れた日には、浜辺 でずっと飲み明かし、食べ明かしたものさ。 そうして、久年がたった今日という日。俺はまた彼女に出会ったんだ。そしてこれからは・・・」

 彼は、スタンダードなフャンタジー型前世因業説を語り始めています。デレデレ病があちこちに転移しはじめている証拠です。もし、このまま症状が 進むと、夢と現実の区別がつかなくなる「ぶらぶら病」になってしまいます。 僕はそれだけは避けたいと思いました。なぜなら「ぶらぶら病」の恐ろしさを誰 よりも痛感しているのが、このような日記を書いている僕自身なのですから。 そして、地下鉄の構内から地上に這い上がり、もはや顔の輪郭がハート型になっ ている彼を小脇に抱え、スラム街を突っ切りました。速く彼を家まで送って、全てを保護者に任せて僕は酒を飲みにいきたかったのです。
 スラム街は昼間だというのに薄暗く・・・・まぁそれ以外の記述は、タイのスラムに行った事ないので省略します。

 こうして、スラム街で2000文字分くらいの苦労もして、息も切れ切れで、遂に彼の家に着きました。 力いっぱいドアをたたきながら「ポーポーメーメ」と叫びました。
 すると間もなく、彼の父親が平日の昼間だというのにリラックスしきった様子で玄関から出てきました。

 「あぁ、前の日本人じゃん。どうしたの?」

 どうしたもこうしたもありません。彼の長男が、両親の投資した学費分の労苦を体験せぬまま、病床に臥してしまうところなのです。わかる限りのタイ語を駆使して、今日彼に起こったことを説明しました。 しかし、全てを聞き終わった後、余裕綽々で彼の父はこういいました。

 「うん、それ面白い話だね。だからそうやって重そうなハートマークを持ってきたの?」

 一瞬、たじろいだ僕が小脇に抱えた彼の様子を見ると、なんと遂に彼はハートマークそのものになってしまっていたのです。あぁ、なんということで しょう。もはや原型すら留めずに、シンプルなハートマークになってしまった彼。全ては僕の責任です。友人の日本人を紹介しなければ。救急という単語を知っ ていれば、ビタミンの飴を盗まなければ、スラム街をスムーズに通り向けていたら・・・もう少し速く家に届けていればれば、僕は知らん振りして酒飲んでいら れたのに。 さまざまな思いが交錯し、ぐわんぐわんになっている僕に彼の父が続けます。


「あぁ、ごめん。リアクション薄かった?まぁまぁ、面白い話だと思うよ。俺には関係ないけどね。長男さっき帰ってきちゃったのが、ちょっと残念だ ね。それで話がインパクトに欠けちゃったわな。  (家の奥に向かって)おーい、なんかお前の友達来てるぞ、ハートマークの日本人だけど。」

 すると間もなく、家の奥から、手元でハートマークになってしまったばかりのはずの彼が出てきました。

「ん、ハイナじゃん。どうしたん、重そうな荷物もって。」

 何もかも、混乱しきった僕は何も言わずにその場から去りました、徐々に歩を上げて、挙句、無我夢中で走りました。口の中では「ダッシュ!ダッシュ!ダッシュ!鼻をかむのはティッシュ!」という、実弟が5歳のときに作った歌を歌っていました。

 夕暮れが近づき、長距離の移動で疲れきった僕は、屋台のプラチックのいすに腰掛け、ビールを注文しました。 初めのグラス一杯を一気に飲み干し、少し落ち着いた気持ちで考えました。



 「なんだ、結局酒飲めたじゃん。ラッキー。やっぱ運動後のビールほどうまいものはないね。」



 と、当初の目的を無事に果たした僕は、ほろ酔いのステップで家路に着きました。






 そして、持ち帰ったハートマークは枕にして眠っています。




 その後、彼も僕も元気です。